<資料> 9月定例議会一般質問・9月1日の日名よしとの質問内容です。
重森町長が、「財政状況が厳しい中・・・合併時の懸案・大型公共事業に目途をつけた」との一期目の実績を踏まえ、これからは「心の豊かさを感じることの出来るふるさと・吉備中央町を目指す」「総合計画の具現化の基礎作りを・・。」と表明されたことを肯定的に受け止め、質問します。
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Sさんは庭先で小豆を選り分けておられた。ご主人が逝かれて、もう4年が過ぎる。まずはお元気そうだったので一安心。
「暑い夏もやっと過ぎたようですが、お元気でしたか。今日は後期高齢者医療制度のことや、町政のことをお話ししたいと思って・・」
と話しかけただけで
「年金からの天引き、あれにゃこまる。近所との付き合いもあってなあ、この前も花火の寄付が・・・。食べるもんは畑のもんで、大概は何とかなるんじゃけど・・」
そして急に
「ところで、入り口のSさんまではエエ道になっとろう!。ところが、そこからここまで(約7百㍍?)が細うて・・・、思い切って寄り合いで話たんじゃ。そうしたらIさんが役場の人にも来てもろうて、見てもろうたが、2軒、家がないと出来んそうじゃなあ。規則なら仕方がなえけえど・・、せえから、みんなに世話になってコンクリートを敷いてもろうたが、クリニックの車が通るのは通ってもらえるがこおうて・・。せえじゃけえど、賀陽はどの家も入り口まで舗装されとるらしいが・・、何ともならんのじゃろうなあ!」
さらに話は続いた。
「夜、一人で寝ているとな、”私の一生は何だったんだろう!”と思もうて・・・・。私はな、戦後間もない頃、”百姓屋じゃけん、喰いっぱずれはないから!”と進められここに嫁に来たんじゃ。それからずーっと、百姓に精出して・・・、でもあのころは元気じゃったから、夢中で・・・。稲を背負うて、何回何回もそこを上がり下りして・・・。いろんなことがあったが・・・、とうとう、病気を告げられて命を絶った主人を送ってから、もう4年になったか。田んぼも作れなくなり、少し畑を守しているだけで、荒れてしもうた。一人じゃけん、年金で何とかなるように思うとったが・・・、心細う成る時があるんじゃ・・・」
2008年、9月議会一般質問原稿
┌─────┬────────────────────────────┬───┐
│ │ 重森町長は、財政状況が厳しい中「合併時の懸案・大型公共事│ │
│ │業に目途」との一期目の実績を踏まえ、これからは「心の豊か│ │
│ │さを感じることの出来るふるさと・吉備中央町を目指す」と表│ │
│ │明されたことを評価し、 │ │
│ 1、総合計│①、3月所信表明の「心の豊かさを感じるふるさと・吉備中央│町長・│
│画の具現化│町」とは「総合計画」が具現化された時をイメージした表現と│担当課│
│について。│受け取とる。また、それは町長選への重森計巳候補(予定)の│ │
│ │公約の基本と受け取りたいがどうか。また、その施策展開の方│ │
│ │向は「ハード事業優先からソフト事業にシフト」し、”地域と│ │
│ │地域住民の各層の暮らし・営農第一の町政へ挑戦”と理解した│ │
│ │いが、町長の見解を質す。 │ │
│ │②、そして①の目標実現のキーワードは、この間町長も同意さ│ │
│ │れた多様な形での「町政への住民参加」であり、そこで練り上│ │
│ │げられた「町民合意・町民要求」を下に、一期目にシステム化│ │
│ │された「事業評価システム」に公正さを担保させ、それを「総│ │
│ │合政策」に生かして行くことと思うがどうか。 │ │
│ │③、また、そのことを保障する(知恵と工夫を集める)には少│ │
│ │なくとも「事業評価委員会」と「総合政策会議」の開催過程の│ │
│ │どこかに全課長が参加で全庁ぐるみを実現することと、その結│ │
│ │果を議会にはもちろん、町民へ情報公開することが「開かれた│ │
│ │町政」となり、「協働の町つくり」へと繋がる、見解を質す。│ │
│2、「道路│ この4年間の「道路行政」の経緯・町民の関心の高さからも、│町長・│
│行政」の一│この分野の町政一体化が残された重要課題と成っているが、早│担当課│
│体化につい│期実現すべきとの認識では一致しているとの前提で質問。 │ │
│て │*産業建設常任委員会(8月20日)で、担当課長から「町、│ │
│ │農、林道の認定基準の一本化とそれに基づく台帳整備」の準備│ │
│ │を開始する旨の説明があったが、相当な作業量と経費を伴うこ│ │
│ │とで、軽々な説明とは思われないが歓迎すべきこと。早期一体│ │
│ │化を期待し、今後のスケジュールの概略を質す。 │ │
│3、農業振│JA岡山が新しく営農センターを加茂川にも4月に設置し、今、│町長・│
│興策につい│加茂川地域の農業振興計画作成に着手しつつある。「地産地消│担当課│
│て │宣言」の具体化、「町農業指針」の作成などを踏まえた、整合│ │
│ │性ある内容であることが求められる。そこで、行政が指導性を│ │
│ │発揮して町・両JA、公社などの参加した意思統一の場の設定│ │
│ │が望まれる。状況把握し対応をと思うがどうかを質す。 │ │
└─────┴────────────────────────────┴───┘
8月17日(日)、午後6時より、地元後援会に寄る事務所開き。6時過ぎにほぼそろったところで開会、あいさつは楢崎後援会会長。続く、東衆院予定候補から「この間の国政の巡る動き、その結果が国民の悲鳴となって・・・、いよいよ共産党の改革提案の方向でこそ展望が開けることが、国民のものに成りつつある時」との話しを受けて、日名よしとは「町民も、地方政治も、国政・自公政治の被害者だ。そして、この間出会った圧倒的町民が、吉備中央町町政を、地域と町民の暮らしを守ることを第一義とした町政に本格的に変えたい、住み続けられる町であってほしいと願っていることがよく解った。そのためのチャンスに今回の選挙をして行こう。そのためにみなさんのお力添えを・・・」と訴えた。
今回の事務所開きには、藤沢市から転住してこられた方も初参加。そして日名の掲げる「『住み続けられる町に』の訴えは的を射ていると、ここに住むようになって2年半経ったが、転住者だからこそはっきりと言える」と話され、一同納得。短時間だったが、なごやかでしかも盛り上がった事務所びらきに・・・。
長女が、孫3人(5才、2才の息子、3ヶ月の長女)とやって来る。早々に、二人の息子は仮面ライダーに変身。ソフアもテーブルも、いや、家中が戦いごっこの舞台に様変わり・・・、そして、「おじいちゃんも、やろう!」と来る。・・・、とうとう「わかった、わかった。お仕事が済んだらね。」と暑いけれど畑に逃げる。
雨の降らない畑には、半分ヒナエタなすびとキュウリに、乾き切ったアスパラ畑・・・。草まで・・・縮まっている。小さな谷にまだ少し水が流れている。その水をアスパラ畑にホースを繋いでサイフオン仕掛けで流し込む・・・。汗だくで2時間かけてやっと完成さす。日が傾いたころ、妻が孫どもにシュッシュッと虫除けを・・・、その孫どもを連れてお墓参り・・・。夜は定番の花火で過ごす。
孫との2日目は全員でプールに出かけたが、驚いた。昨年まで水を怖がっていた孫どもが、すっかり変身。潜る、水をかけ合う、飛び込む・・・、プールサイドを走り回る。「僕、タコ泳ぎもできるよ!」、周りの家族連れに気兼ねして「おい、おい、それはダメ」と注意したほど。・・・おかげで夜は「ダイバグウの祭りもあきらめ」早々に寝てくれる。私も久しぶりに300㍍は泳いだろうか・・、私も疲れた。
3日目、「仏さまのお帰り」と、孫とともに”お盆”を片付け「お盆も終わった」と言うと、「僕、お父さんに会いたくなった!」と孫。そして、昼前に帰途に着く。
「やれやれ、疲れたなあ」と残された二人で」つぶやくも、少し寂しいも感じる。まさに「来て良し、帰って良しだなあ」。
少し前から、ブルーベリーをねらうヒヨドリ・・・。今日だけの余裕とトウモロコシ畑の狸囲いを方付け、ブルーベリー畑のネット張り・・・。明日は選挙事務所開き、町議選に切り替えた過ごし方に。
2008年8月8日、日本共産党の赤嶺政賢衆院議員、仁比聡平参院議員、田村貴昭党九 州・沖縄国政対策委員長、ふちせ栄子党長崎県国会議員団事務所長、堀江ひとみ長崎県議 は、長崎平和公園の原爆の碑に献花しました。
「Aコープ・加茂川、このままだと3年連続赤字状態」
区域総代・運営小委員合同会議、現状報告を受け協議
8月7日午後、加茂川多目的ホールにおいて、「加茂川区域総代・運営小委員合同会議」が開催されました。参加者は葛原幸一経営管理委員と加茂川区域総代・小運営員のメンバー。株式会社JA岡山から、統括部長、Aコープ担当部長、やすらぎ担当部長。議題は「株式会社JA岡山の加茂川地区各事業所の経営実態と現状」でした。
さて、株式会社JA岡山は、LPG部門、給油所、オートパル(車両)、Aコープの4部門を統括する会社で、JA岡山の子会社として、平成18年10月設立され、今年の秋で3年を経過する。
┌──────────────────────────────────────┐
│「農協と言えど、これからは、赤字部門を抱えることは許されない(全中や政府の指導)。│
│そこで、それぞれの部門を独立させ、部門毎に独立採算制を導入し、3年経過した時点で、│
│経営状況(赤字)を見て存続を検討することになる。」設立時説明 │
└──────────────────────────────────────┘
緊張感を伴った活発な協議展開
「Aコープ・加茂川の存続が問われる事態!」
上記のような前提があるため「Aコープ・加茂川店の経営状況が3年連続赤字の可能性」という事態を注視した葛原幸一経営管理委員(今期総代会で・加茂川区域委員として選出)の提起を受け、協議会会長の畑野氏が召集した加茂川区域独自の合同会議でした。そして、協議は、いくつも具体的な事柄に触れた事態把握の質疑、意見、そして要望まで、緊張感を持って展開されました。
その中で、他店舗(西大寺、津高、高松)、加茂川地区の各子店舗、移動購買車の状況説明から、①スーパー等と競合する津高店が赤字、②Aコープ・加茂川店は、移動購買車はトントンの黒だが、全体は赤字であること。また、一定の経営努力(生鮮商品の改善など)がなされてはいるが、この間の経営分析は本格的にはこれからであること。だから、今の事態を受けて、「即Aコープ・加茂川店の閉鎖・存続の論議に入る事態までに至ってはいない」が、存続が問われる事態であることが明らかになりました。
大切な生活基盤の一つ、Aコープ・加茂川店
加茂川で住み続けるために知恵と工夫を!
参加者は「何としても、Aコープ・加茂川店を守らねば」との気持ちを共有し「かって地域にあった商店街・商店の衰退し、今や組合員・住民の日常の暮らしは、地区内唯一の大型店・Aコープ加茂川店の存在抜きには考えられないのが実態。収益状況だけでなく、組合員の暮らしを守る立場に立った農協であるべき。」また、「同様の視点から、遠隔・周辺地域(特に高富地区を想定された)に移動購買車の配置」、さらに「今日の協議会の継続」を確かめ、会を閉じました。
この原稿は「加茂川民報248号」に載せたものです。(文責・日名よしと)
こうした経過があったことを踏まえた時、その3年後が近づいた加茂川店が、今の現状では3年連続赤字(年平均で約2千万円)と成っている事実を知った葛原経営管理委員が、ことの重大政に気ずき今回の協議会開催の必要性を察知、畑野会長が協議会を召集されたのである。だから、今回の協議会が「Aコープ加茂川店の経営状況報告とそのごの協議が緊張をともなって展開された」のです。
中でもAコープ・加茂川、3年連続した赤字状態についての報告が中心。そして、単なる現状報告を聞くことに止まらない活発な質疑応答や意見、要望が展開されたが、それには、
加茂川地区事業所別「経営検討表」
8月9日昼の今日も暑かったが、地元ブルーベリー栽培者の依頼に仲立ちした形になった城東小・学童保育35名余のブルーベリーがりに、私も参加。
「わつ、甘あ・・」「スッパ」などの声を発しながら、数人のグループを作ってブルーベリー畑に広がる子どもたち。近づいて「どれが甘いの?」とたずねてくれる子どもたちに「このブルーベリーの固まり見て・・・、みんな熟れてる見たいだろう。そうそう、でもその中で一番大きい玉はどれ、そうそうそれだね。それが甘いんだ。」「ほんま、甘あ」
久しぶりに子どもたちに囲まれ、にこにこ顔をしていると、畑の持ち主のkさんに「先生の時のこと思い出すでしょう」と言われました。
それにしても、「少し運動不足の子どもたちが多すぎるかな」と感じましたが・・・。
ブルーベリー畑に続くトウモロコシ畑に、サービスの一本ずつのもぎ取りに移動。ここでも「どうやって取るの?」の質問。「ここを握ってな、横に倒すの。そうそう・・、その調子。」
短時間でしたが、炎天下の高原での、楽しい一時でした
将来は「もぎ取りのお客さんにも・・」と思って植えて3年目を迎えたブルーベリー、今年20本ほどが収穫できるようになり、今日は1キロを超す収穫がありました。熟した粒の見分け方・なかなかもぎ取りも難しいものでしたが、やっと、粒の大きくなりぐあいと手触りの感もわかり始め、甘い粒が収穫できるようになりました。猛烈な日差し中収穫したブルーベリーは、妻と選り分けた、7パック・7百㌘は直売所に出荷しました。





